ハノイの交通事情
ハノイに来た日本人がまず驚くのはその交通事情であろう。
バイクの洪水、常にクラクションを鳴らし続ける車、運転が荒っぽいバスなど。交差点には信号のないところも多く、入り乱れた交通の中を天秤棒をかついだおばさんが渡っていく。所長も最初ハノイに来たときは道を横断することができなかった。
ところが慣れてくるとこれはこれで快適。自転車も問題なく乗れるようになった。
バイクの集団の中に混じって自転車で走っていると、自分が草原を走る草食動物の群れの一匹になったような気がする。集団の中にいるときは非常に安全であり、左折の際などは最右翼の1台が直進の対向車を止めるとその間に大集団が一気に左折を開始し、直進側は待つしかない。意志が集団となって行動するとはこのようなものか。自分が道路を流れる流体であることを意識する。反面、自分一台だけ独立した行動をしようとするときは十分な注意が必要である。
バイクの集団だけで左折する場合には、1台が対向側の流れを止めると、その車体の影に次々とバイクが並び、ラグビーのパスラインのような見事な連係行動が生じる。お互いがあうんの呼吸で動き、見知らぬ相手との一体感が生じる瞬間である。車がいるときは同様に死角を利用する。日本では死角の利用はタブーであるが、ここでは非常に有用である。
道路のどこを走るかについてもかなりフレキシブルである、両端については右側通行、というだけで、実際には真ん中はどちらが走ってもかまわない。追い越しを掛けている車の左にさらに追い越しを掛けるというのは日常茶飯事である。対向車側もそのような動きを予想して、無理な車に対しては戦わず譲る。その点中国とは異なる。
数ヶ月の滞在を経て、所長はハノイの交通事情についてある一つの悟りに達した。
「ハノイには歩行者しかいない。いるのは、歩いている歩行者、自転車に乗っている歩行者、バイクに乗っている歩行者、車に乗っている歩行者である。それぞれが歩行者としてのメンタリティでもって道路を往来している。」
歩行者なのでハチ公前交差点のごとく、好きな方向に歩いていってかまわない。ただし目の前をふさがれたとしても怒るわけではなく、淡々と待つ、もしくは避ける。みんなぶつかるのは避けたいので、それで結構うまく運用されている。
なのでバスの進行方向にゴミの手押し車が現れても、基本的にはバスはおとなしく(もしくはクラクションを鳴らしながら)待ち、やりすごしてから動き出す。そういう意味では交通弱者にやさしいとも言える。
基本的に道路は何が飛び出してきてもおかしくない。逆送、その場でのUターン、突然の人の出現、工事現場の穴ぼこ、なんでもありである。そういう場合を考えても、併走する集団の中にいるほうが安全である。
慣れると非常に快適である。とりあえず一歩あるきだせば、まわりとの距離を測りながら自分の好きな方向に動き出せばよい。恐ろしいもので、日本に出張に帰ってきた折、車が来ていないと思った瞬間に日比谷通りを渡りだそうとしてしまった。もちろん日本の車は交差点以外で人が出てくるとは予想していないので、非常に危険である。
交通についてはいろいろ面白いことが多いので、また機会を見つけて触れることにしたい。
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